Interview
竹田被服社長 大塚龍彦
創業から半世紀以上になる、竹田市でもっとも歴史のある縫製会社だ。時代の変化とともに、技術を高めてきた。大塚龍彦社長に会社の歴史と展望をうかがった。
(記事・若岡 拓也)
創業から半世紀以上になる老舗ながら、目指すところはシンプルだ。「お客さんはもちろん、従業員や家族にも喜んでもらえる、笑顔になれる仕事を心がけています」。
そう語る大塚龍彦社長の表情はおだやかだった。叔父、母の跡を継ぎ、縫製業に携わってきたが、はじめから現在のモットーを掲げていたわけではない。
周囲を山々に囲まれた竹田市と同じように、山あり、谷ありの社業である。昭和50年代には、空前の好況で大忙し。海外に輸出するようになり、朝から晩まで息つく暇もなかったという。
「本社と合わせて5つの工場で100人が稼働していました。もう大量の注文で夜通し仕事をし続けないと間に合わないこともね。今じゃ考えられないような時代だったね」。
元号が改まってからは、平成9年からの3年間でどん底を経験した。バブル崩壊後の不況で受注が減っていたところに、「親父が死んで、お袋が倒れてね。一番キツい時期でした。精神的にもまいってしまってね」と振り返る。
高齢化もあって、従業員を大幅に減らし、この頃から外国人実習生に入ってもらうようになった。難しい経営状態に四苦八苦する日々が続き、知らず知らず表情が険しくなっていた。
そんな時に1人の実習生にかけられた言葉が転機となった。
「社長の笑った顔を見たことがない。笑わせてみたい」
はじめは変わったことを言う、面白いことを言う子だなと思うだけだった。しかし、自分を見つめ直してみると、周りのことを見る余裕もなく、日々に追われていることに気づかされた。
「考えてみたら、人を笑わせたり、安心させたりすることが本当の仕事なんやなと思い直して、それからはお客さんや従業員、家族の喜ぶところ、安心している様子を想像して仕事をするようになりました」
前向きな心境の変化が周囲にも伝播していく。明るい雰囲気が仕事場にも広がり、また注文が入るようになった。考え方ひとつで、自分自身も会社も変わる。大きな学びだった。
だからこそ、それまで以上に「思いを込めたものづくり」にこだわり、1枚1枚を丁寧に仕立てている。